ピル

あの一件で痛い目を見てから

同じ事を繰り返さないよう

ピルを飲み始めて1ヵ月が経つ。

生理のために服用をやめて3日目に

赤黒く血が出て、生理を起こした。

酷いPMSも無かったし、

生理痛が酷くなることも無かった。

薬の効果で吐き気はしたものの

本当の悪阻に比べたら、へっちゃらだった。

毎日同じ時間に飲むこと。

忘れっぽい私でもきっちり守れるのは

2度とあんな思いをしたくない本能だろう。

気持ちの不安定さは落ち着いたものの

緩やかに沈んでいくようになり

そしてその期間は長くなったような気がする。

少し前を向いたようで

ちっとも変わってないようで。

生理が終われば また労働が始まる。

何も

苦しい。

中絶が、こんなにも苦しいと思わなかった。

たしかに、つわりは辛かったし

産める状況じゃなかった。

でも、あたしはまた、ひとりぼっちだ。

お腹に、いたんだもんね。

もうひとり、家族が。

なんだろう、この孤独感。

なんなんだろう、この虚無感。

どうしてなんだろうね。

どうして、産めなかったんだろうね。

好きな人との子じゃなかったけれど

でもどうして、

好きな人じゃなきゃ

いけなかったんだろうね。

ほんとにだめだったのかな。

ベッドで横たわるあたしをずっと見てて

涙を流してくれた彼は

あたしを愛してくれてる人なのに、

本当に、だめだったのかな。

たくさん腕に貼られた注射後のテープ。

まだ少し、ずきずき重く痛む。

麻酔を打った後は、覚えてなかった。

気がついたら、終わっていた。

手術台の下にベットリとついた血が

その悲劇を物語って

子は、どこにも見えなかった。

妊娠がわかって、たった1週間。

こんな呆気なく終わって

こんな呆気なくいなくなった。

ベッドでは何も考えられず

トイレでは血の塊を落とし、吐き気。

他の人がいるにも関わらず

待合室ではかなり、泣いた。

中絶を、舐めてた。

術前処置の後に倒れたことも

たくさんの針を腕に刺されたことも

酷い悪阻も

術後のあとの気持ち悪さや痛みも

帰ってからも続く下痢も

薬の副作用で起こる痛みも

子を殺してしまった痛みも

想像を絶した、絶望だった。

いまはまだ病院にいるのだろうか。

それとももう、捨てられてしまったのだろうか。

いなくなったお腹は

どことなく冷たいかんじがした。

勝手に赤い 畑のトマト

「今後、どうしますか」

頭が真っ白になりながら

ただ告げられた。

妊娠、5週。

いわば2ヶ月。

とうてい、産めるわけがなかった。

経済的なことはあるけど

なにより気持ちの問題だった。

本当に欲しい、人との子ではなかった。

取り返しのつかないことをしたと。

頭を強くうったように

ぐるぐると世界が回って見えた。

「妊娠」「中絶」と

はっきりした言葉を使わず

淡々とした言葉を選んでいる先生と

その後ろにいる看護師さんの気遣いが

余計苦しくなったし 痛かった。

軽率なのは自分だった。

自分がすべて悪かった。

浅はかだった。

愚かだった。

それなのに被害者のように

ただただ涙をこらえては、

超音波検査では耐えきれずに涙が出た。

楕円形の影が画面に見えて

あれが 自分の子だと、察した。

手術するには、お金がなかった。

せめて、もう少しゆっくり考えたいと

そう言ったけれど、時間は無かった。

時間は待ってくれず

子どもはすくすく育っていく。

育ってしまっては、それこそ子どもにも

自分の体にも大きな傷を与えると。

どうせいつものことだからと

もう少し遅かったら

子どもは胎芽から胎児になっていた。

震えた。

術日を決め、採血をした。

ちょうどクリスマスあたりで。

もし産みたくて授かった子どもなら

なんていいクリスマスプレゼントなのかと

笑顔で迎えられ、大事にしたんだろう。

それが、その反対に感じてしまっている。

血の繋がった、唯一の家族が

いま、ここに宿っている。

この瞬間この瞬間、

この子に栄養を送ってる源であり

母親となっている。

来週は、6週。

この子の息の根を、止める。

出てくる涙の意味がわからなくて

ただただ泣いて

ただただ責めて

それでも愛おしくなる下腹部を

さすっては、泣いている。

ピンサロ

ピンサロの面接を逃げた。

期間は短いといえど

ヘルス嬢のあたしには

ピンサロはかなり異質。

店内で面接を受けたものの

提示される時給、稼ぎ、オプション、

すべてがヘルスに劣っていると思う。

1人のプレイタイムが30分というのは

確かに楽かもしれない。

どれだけ嫌いな客でも30分。

でも、所詮30分。

稼ぎなんか 完全出来高

集団待機部屋を見たけど

異質な空間。

みんなが仲いい。

それがかえって気味悪い。

プレイブースは狭いうえに

ほかの子が隣で何をしているのかモロバレ。

ガンガンな音楽の中に

卑猥な音も混じりあっている。

客と嬢が私の目の前で

舌を絡ませ、嬢は客を送った。

「実質、乱交」

そんな印象だった。

さっきまで話していた女の子が

あのオッサンのをくわえていた。

話に聞くのはよくても

それを目の前にして見るのは

とても生々しい限りで

良くも悪くも完全個室(ラブホ)で

誰と話すわけでもない

個室待機のあたしにとっては

耐えられるものでなかった。

おしぼりのみなどといった

その衛生環境の劣悪さは

ヘルスのシャワーからみれば明白。

匂いも、はたまた精神面からも

これは無理だと感じた。

ピンサロ嬢に同情した。

あたしにはできない。

彼女たちはピンサロの何が良いのか。

本当にピンサロを安全だと思ってるのか。

たしかにヘルスでは本強問題もある。

しかし、嬢の方が立場は上、

嫌がればやめてはもらえる。

ピンサロ。

男だけの快楽を考えた

なんて勝手な業種なのだろうと

怒りがこみあげてくるのを

ただ抑えていた。

未練

 

忘れられない人がいる。

思い出のまま何も変わらない

あの頃のままの彼が。

 

あれから1年と少し経つが

相手が今どこで何をしているか

そんなことは全くわからない。

 

あたしを好きでいてくれた、

あの頃のままの思い出を大事にしたいのか

知ることも、少しの怖さがある。

 

そして、向こうにとっても

あたしを思い出させたくはないし

あたしの今を知って欲しくない。

 

あたしは大層な夢見がちな女の子で

ドラマみたいな恋に憧れて

少しでもそんな感じな雰囲気になると

「この人と結婚する!」なんて思ってた。

 

きっといいお父さんになりそうな

そんな堅実な人だった。

 

 

この恋愛はいつか終わってしまうと

彼みたいな人にはきっともう会えないと

 

それがわかってたからこそ、

余計に熱く、苦しくなった。

 

自分の過去をいくつか話したが

表面的には受け入れてくれ

それが本当に嬉しかった。

 

今考えればきっと

援助交際だったりビッチなあたしを

軽蔑していただろうし

信頼できなかったと思う。

 

でも、それからあたしはただ彼だけを見て、

浮気も援助交際も一切しなかった。

 

裏切りたくない、信用させたい、

きっと本当に好きだからこそ

できたことだった。

 

彼はメンヘラが嫌いだと言っていたから

 

自分が鬱病だということ

自律神経失調症だということ

自傷行為を繰り返していること

発作が起きて過呼吸になること

母親が心身症で自殺したこと

 

これらをすべて隠し、

自分の事情を押し付けないよう努めた。

 

本当はそこで、打ち明けるべきだった。

 

苦しめたくない、背負わせたくない、

迷惑をかけたくないという思いが

自分を追い詰めるだけになり

相手に嫌われないよう嫌われないよう

機嫌を見て反応するだけの

そんな人間にあたしはなってしまった。

 

本当に申し訳ないと思っている。

 

 

だけども、感謝もある。

最終的には堕ちてしまっているが

あたしを変えてくれたのは彼だ。

 

彼があのとき、感情任せで出た言葉だとしても

「来てくれ」と言わなかったら

あたしは行かなかっただろう。

 

待っていてくれる人がいるからこそ

あたしは頑張れていたし、

たくさん喜ばせたいと思っていたし

幸せだった。

 

全ての通信手段を断ち切られた状態が

未だに続いている意味、考えなくてもわかっている。

 

 

幸せになって欲しいし、幸せにしたかった。

あたしはもう会う資格もないし

子どもも産めない体だし、

家庭の幸せも知らない。

 

あたしでは、できない。

 

彼を好きになった理由、

最後答えられずにいた。

 

未だにわからない。

ルックスもスタイルも良かったけど、

なんなんだろう、

優しい目だったり、笑った笑顔だったり

大きな手だったり

甘えたで寂しがり屋だったり

計画的で努力家だったり

器用で家族思いで、自分をしっかり持ってて、話も楽しかった。

 

後付け理由かもしれないけど

とにかく、好きだった。

 

彼のことは、1日たりとも忘れないだろうし

彼に似た人は未だに目でおうし、

また、同じような人をすきになるかもしれない。

 

愛しています。

 

ありがとう。

 

 

 

 

 

コーヒーと風俗。

 

プレイ後、必ずコーヒーを入れてくれる客がいる。

 

眼鏡をかけて白髪も混じって、

話し方もしどろもどろで、若干障害を疑うようなレベルで語彙が少ない、

中年くらいだろうか、40~45歳ほどの男性。

 

酷く後傾した腰のせいで、内臓が前に出たような、ぽってり出たお腹と

みずみずしさを失った肌、

所々見られる体のシミとヘソの汚さが

老いを感じさせ、細身な姿は気弱な印象を持たせている。

 

彼は以前数ヶ月前はじめてあたしを指名し、

60分のプレイを40分ほどで終え、

ラブホ備え付けのコーヒーを煎れてくれた。

 

上記に記したような少しおかしな客だったし、

普通はたっぷりと時間まで体を愉しむ人ばかりなはずなのに

プレイをさっと終わらせてコーヒーなんて初めてで、強く印象に残っていた。

 

それに「これでおいしいコーヒー飲んで。」と1000円を渡してくれ、

とてつもない楽客だなと思いながらも

彼は一体何がしたいんだと疑問にも思っていた。

 

 

そんな彼があたしを本指名として

再会したのが昨日だ。

 

風俗は言わずともわかると思うけども高額な値段だ。

あたしが在籍しているところは高級店ではないただの大衆店ではある。

 

(しかし経験や容姿に左右されず入店可能な上に大衆店では珍しい個室待機とオプションの高さなど、在籍キャストに対するサービスが強く、その上バックが格安ソープより多いのは、この店の強い特徴だと思う)

 

けれど、

プレイするのにどれだけ安くしたところで

45分オプションなしで最安値1万数千円くらいじゃないだろうか。

 

普通は男性はいろんな女性と関わりたいとの本能故に

嬢もその日その日で変えてたりするもので

本指名の取得は結構難しい。

 

彼は一見、お金があるようには見えない。

昨日はオプション料からしても、2万5千円くらい料金を支払っていると思う。

 

相変わらず会っても語彙はなく

同じ言葉を繰り返していたり

手マンもキスも下手で

女性経験の少なさを露呈していた。

 

時折見せる悲しそうな顔と

指輪のない細い指が

中年独身者の寂しさを際立たせ、

あたしの母性を擽った。

 

1日がっつき系の男達に

体を触られくたくただったあたしには

とても楽で休まる相手だったばかりに

どうして彼は風俗にくるんだろうと

そんなことをぼんやりと考えていた。

 

今回もまた早目にプレイを終え

さっとシャワーを浴びてから

ラブホ備え付けのコーヒーを煎れ始めた。

 

部屋いっぱいにコーヒーの匂いが充満し

ケトルの水が沸騰する音、お湯を注ぐ音、

静かに作業は行われ、目の前に湯気の立ったコーヒーがすっと出された。

 

今回も熱かった。

舌が火傷しそうなくらい。

 

でも美味しかった。

たかが格安ホテルの備え付けの

どこにでもあるようなコーヒーだが

シャワーを浴びたあとだからなのか

今日も1日働いた体の筋肉が緩んだからか

コーヒーはとても美味しく

喉を通り、体をあっためた。

 

時間は刻刻と迫ってる中

残すわけにはいかないなと飲み干すあたしと

時々目を合わせながら、ゆっくりとコーヒーを飲む彼。

 

彼はさみしいんだろうか。

なぜあたしなんだろうか。

いつも彼は1人なんだろうか。

 

多く語らない彼に

あたしも何も聞く事はなく

時間は経ち、ホテルを出る。

 

今回も部屋を出る前に、握らせる1000円。

「これでおいしいラーメンでも食べて。」

 

部屋で渡す金の目的は普通ひとつしかないのに、異例だ。

 

あたしは、本当に悪いことをしているんだろうか。

体を売るというこの仕事は、

本当に悪く言われなきゃならないのか。

 

彼にとっては少なくともお金をかけるほど、価値を持ったあたしとの時間。

 

彼に笑顔を見せるあたしは汚いのか。

 

金に毒されたあたしには

それ以上考えを深める事は困難で

何も知らずに待つ恋人の待つ家に帰る。